誰が中日・浅尾拓也を潰したのか 「登板過多」の指摘に本人の答えは?(公式)

大塚和成です。


今回は史上最強のセットアッパーと言われた中日の浅尾投手についてです。

「週刊文春」編集部

 9月29日、阪神戦で最後のマウンドに上がった中日の浅尾拓也(33)。目に涙を浮かべながら中谷から渾身のフォークで三振を奪い、同じく今季引退の岩瀬につなぐと、拍手と歓声が湧き起こった。

通算38勝21敗23セーブ、200ホールド ©共同通信社

「右肩の怪我が元に戻らないということは分かっていたので、普通ならもっと前にクビを宣告されていたはず。本人が辞めると言うまで続けられたのは、球団に『使い切ってしまった』という後ろめたさがあったからではないでしょうか」(スポーツ紙デスク)

 浅尾で思い出されるのが、落合博満監督時代に2010年、11年と中日が連覇したときの獅子奮迅の活躍である。中継ぎとして2シーズンの半分以上の試合で登板し、特に11年は87イニング3分の1を投げて防御率0.41。

このシーズンの浅尾投手の輝きは本当に目を見張るものがありましたね。


「これは中継ぎで20試合投げて1点獲られるかどうかという驚異的な数字です。同年のチーム打率はリーグ最低、得点数もリーグ最少。守り勝っての優勝で、正に浅尾様々でした」(ベテラン記者)

 11年は中継ぎ投手として史上初のシーズンMVPを受賞した。しかし、近年は右肩の故障に悩まされ、16年は一軍登板ゼロ。17年もわずか4試合の登板にとどまった。

本人も相当悔しかった事でしょう。


 プロ入り当初の浅尾を取材した記者は「使い過ぎだったことは間違いない」と語る。

酷使と言われかねない状況に浅尾の答えは?

「躍動感があって、球の伸びが凄かった。キャンプでは記者が口々に『これはいい投手になる』と唸ってました。ただ、テークバックが小さくて速いから関節に負担が掛かり、『故障しないよう大事に使わないと』と言われてたんです」

 ソフトバンクのサファテ投手も8月、ツイッターで「(浅尾を)イニングまたぎや連投のさせすぎで潰したのはドラゴンズだ」と批判していた。

 それでも、引退会見で登板過多の影響を問われた本人は「怪我に繋がっているとは思わない。信用して使って頂いて幸せでした」と否定した。

「星野(仙一)監督時代、やはり短命だった与田剛というリリーフ投手がいたが、当人は『恨んでない。感謝してる』と言ってます。周りには酷使に見えても、結果を残した選手は恨み言を言わないものです」(前出・ベテラン記者)

 栄光の時は短かった。だが、浅尾は「胴上げ投手も経験できて幸せなプロ野球選手だった。悔いは無い」と会見で語り、爽やかに去っていった。

(「週刊文春」編集部/週刊文春 2018年10月11日号)


最近素晴らしい選手がどんどん球界を去って行って寂しですが、次世代の選手への期待も膨らみますね。

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『OMM 野球』は大塚和成(おおつか かずまさ)(小学生から高校まで野球に打ち込んだ野球好きなおじさん)が気になる野球の話を紹介しています。ブログのタイトルにも記載がありますが、大谷選手を尊敬し、応援しています。

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